一人旅おやじがゆく

旅することが人生の最大の喜びである旅好きが、各地で見たもの感じたことを淡々と記します。

福井で故郷の歴史をひもとく

3年前の5月に旅した北陸の中から福井を紹介する。そして地元熊本の歴史などもつらつら考えたい。今日はその前半。

前日に名古屋小牧空港から列車を乗り継いだ。滋賀県長浜市を少しだけ観光して、敦賀市へ。気比神社で御朱印もらい、夜には福井市入り。

福井県と言えば永平寺あたりが有名だが、熊本に住んでいるとあまり縁のない土地だ。あえて繋がりを求めれば、幕末の論客横井小楠の存在だろうか。

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朝、福井市街地のホテルを出て、足羽川のあたりへブラブラ歩く。横井小楠が身を寄せた場所の記念碑を見るためである。

幕末史ではあまり注目を集めることはないが、熊本細川藩の藩士であった横井小楠文久3年、政事総裁職を務めた松平春嶽の政治顧問となり、しばらくこの地に住んでいる。

ただ小楠は熊本では冷遇されていた。藩校時習館で塾長まで上り詰めた秀才だったが、徹底して相手をやり込める舌鋒や酒に絡んだ失敗など、藩の主流派に何かと疎まれる存在だったようである。福井に送り出すのもいろいろと気をもんだことだろう。

それでも小楠は全国的に見ると、勝海舟坂本龍馬からは高い評価を受け、龍馬は2度にわたり熊本の小楠宅を訪れている。維新後は高齢にもかかわらず明治新政府に出仕。しかし明治2年、京都で暗殺された。

熊本における小楠の一派は実学党と呼ばれる派閥をつくり、廃藩置県後には一時期、県政の舵取りまで行った。

その流れからは徳富蘇峰らを輩出。蘇峰は明治半ばに「国民之友」や「国民新聞」を発刊し、昭和半ばまで、毀誉褒貶あるもののジャーナリストとして重きをおいた。また、蘇峰をはじめ実学党の関係者は創立時の同志社に深く関わった。NHK大河ドラマ「八重の桜」の後半部分にたくさん出てきた熊本士族の若者らがこれだ。

話はそれるが、熊本の幕末史にあまり際立ったものはない。

小楠らが率いた実学党は、学校党と呼ばれる藩の主流派と対立。これに勤王党も政争に加わった格好になり、ゴタゴタ続きの中、結局は「肥後は維新のバスに乗り遅れた」という見方が強い。そんな幕末の熊本藩で唯一名前が知れているのが横井小楠なのである。

話はさらにそれるが、江戸時代の熊本の城下町には現在の小学校校区レベルの広さで「連」という若い侍たちの組織があり、良くも悪くもなにかと競い合った。当然、政治的な色分けもあったらしい。実学党の連、学校党の連、といった具合である。

現在、熊本市は他地域からすると珍しいくらい出身高校にこだわるが、どこか連の競い合いと似ていなくもない。社会人の会話で「ところで高校はどちらのご出身で?」となる頻度は高く、同窓と知るや、一気に座が和らぐといった感じである。個人的には嫌な風習だ。

話を福井に戻す。徳川家の血筋だった松平家福井藩は幕末、どうだったのだろう。春嶽は横井小楠の意見を藩政に大きく反映させたと聞く。福井藩明治維新にどう絡んだのか、実はほとんど知らない。地元熊本の郷土史薩長中心の幕末史だけではなく、全国各藩の幕末史を広く知っておかないとなぁと思う。労力かかりそうですが。

小楠の記念碑を見た後、柴田勝家の居城だった北之庄城跡へ。戦国時代の城跡には珍しく平地のど真ん中にあり、意外な感じ。遺構の一部が見られるので考古学ファンにはちょうどよろしいかと。すぐ横には柴田神社。

この城で秀吉軍に攻め立てられた勝家は、妻のお市の方と自刃した。戦国ファンには思い入れの深い場所と言えそう。

ちなみに熊本の戦国ヒーローは加藤清正になるだろう。勝家と同様、猛将のイメージが強い。何しろ熊本城を建てた人。熊本での治世はわすが20年ほどだが、とにかくいろんな逸話が多過ぎて、「ほんまかいな」と言いたくなる時がある。

清正の死後、講談等で史実がどんどん膨らんだ部分もあるようだ。話の筋に関係なく芝居の途中で唐突に清正が登場すると、観客は大喜びだったという話も残る。それほど特殊なキャラクターだったのだろう。日蓮宗の熱心な信者だったので、その方面で培われた人物像もあるのではないか。

ちなみに熊本で「俺は清正は好かん」と言う人は見たことがない。もちろんその特殊性については違和感を覚える人も多いのかもしれないが。何しろ一人一党の頑固者揃いの地なのだから、そう感じないはずがない。

駅の東口にある観光案内所に到着。一乗谷永平寺丸岡城東尋坊をめぐることができるか聞くと、結構な数のバス便でつながっていることを知る。私の絶対地理感を駆使してスケジュールを立てたところ、夕方には東尋坊で夕日を見れることが判明。「やったね」。旅好きはその計画ができただけでも大満足である。
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上の3枚の写真は一乗谷柴田勝家以前の戦国大名朝倉氏の城下町。かなり手をかけて再現している。福井駅からバスで30分ほどの中山間地にある。

現在、放映休止となっているNHK大河ドラマ麒麟がくる」ではユースケ・サンタマリア朝倉義景を演じている。キャスティングとしてはぴったりではないだろうか。どこかヘタレの雰囲気が出ていて、貴族化しつつある戦国大名という感じがする。

江戸時代の町並みは至る所で再現されているが、さすがに中世の町並み再現というのは珍しい。「ここに細川幽斎明智光秀が滞在したのか」と感慨深いものがあった。

 

後半へ続く。