一人旅おやじがゆく

旅することが人生の最大の喜びである旅好きが、各地で見たもの感じたことを淡々と記します。

津山と尾道で心を浄化された話

一人旅に出る時、割とよく考えることがある。「さあ、この旅の間に、今後の人生について決着をつけよう」。笑えるが、本気なのだ。

こんな時、大体において仕事が行き詰まり、会社が嫌になり、短い休みをとって逃げるように旅に出ているケースがほとんどだ。

「さていつ辞めるか」「退職の話、まず誰に持ち掛けるか」「辞めた後、どんな暮らしをするか」。一人旅はわりと関西方面が多いので、トンネルと田んぼばかりが続く山陽新幹線の車窓で頬杖をつき、とめどなく考える。

今から5年ほど前、津山、岡山、尾道を訪ねた時もそうだった。

新大阪駅行きの「みずほ」に熊本駅で乗車。2時間半もすると岡山駅に到着する。当然、その2時間半の間、仕事のことなど鬱々考えていたに違いない。それに飽きると、「せっかくだから俳句を作っておかないと」と焦ったように五七五を無理やり捻り出そうとするが、大体において、こんな時にいい俳句はできない。

f:id:noaema1963:20200904205355j:image

岡山に来ると、いつも晴れている。「岡山とは相性がいいんだな」と以前は思っていたが、そうではなく実際に晴れの天気が多い地方なのだと40歳を過ぎた頃知った。私とした事が。

この日も岡山は晴れ。新幹線ホームを吹き渡る11月の風がとても気持ちよかった。

在来線に乗り換えて津山を目指す。なぜ津山か。はっきり覚えていないが、おそらく、映画「男はつらいよ」の事実上の最終作品である第48作「寅次郎 紅の花」のロケ地だったからだろう。さくらの息子満男(吉岡秀隆)が泉ちゃん(後藤久美子)の結婚式をメチャクチャにするのだが、その舞台が津山市だった。


f:id:noaema1963:20200904205420j:image

川沿いを各駅停車の列車で走ること1時間あまり。津山駅についた。町の雰囲気は、先日水害に遭った熊本の人吉市に似ている。

レンタサイクルで走ると、地方都市におなじみのシャッター商店街があった。人の姿はほとんどない分、商店街に流れる音楽が妙に大きく聞こえて、寂しさを倍増させる。でも私はこの侘しいシャッター商店街になぜかとても惹かれる。というか落ち着く。景色のいい場所に来た時、肩の力がふっと抜けるのに似ている。もともと古い建物や古い町並みが好きなので、その延長線上の感覚なのだろう。妻には「変わってる」と言われるが。
f:id:noaema1963:20200904205358j:image

津山城跡の天守台から眺めた鳥取方面。いい感じの石垣だ。
f:id:noaema1963:20200904205415j:image

この日は城内でお祭りをやっていて、名物のホルモンうどんの屋台がたくさん出ていた。賑やかな舞台も。ただ何をやっていたのか全く覚えていない。祭り会場のすぐ横に資料館みたいなのがあった。熱心に見ていたら、ガイドのおじさんが寄ってきて、詳しく説明してくれた。私にとっての旅の醍醐味は、グルメなどではなく、古い建物やかび臭い資料館巡りなのである。そんな時、私の幸福度はぐんと上がっている。
f:id:noaema1963:20200904205411j:image

寅さんロケ地の標柱あり。同じく岡山県高梁市でもロケ地の標柱を見た事がある。

岡山県は寅さんだけではなく、横溝正史作品の舞台になる事が多い。八つ墓村悪魔の手毬唄、獄門島、いずれも岡山県である。
f:id:noaema1963:20200904205424j:image

観光地図を見ながらたどり着いた小道。結婚式場に向かう泉ちゃんたちの車列を、逆方向から来た満男の車が阻止した箇所。この辺りにはいわゆる「旧市街」のような古い町並みが残り、箕作阮甫旧宅など江戸期からの建物なども数多い。今調べたら、この一帯、文化庁重要伝統的建造物群保存地区の一つだった。ちなみに岡山では他に、倉敷市倉敷川畔、高梁市の吹屋地区が指定されている。
f:id:noaema1963:20200904205406j:image

3〜4時間、津山を巡った後、バスで岡山市へ戻る。バス代はなんと500円。安い。一番前の席でゆったり優雅に風景を楽しんだ。

岡山駅から歩いて岡山城や後楽園があるエリアへ。上の写真を撮った場所には、この1〜2年前にも出張のついでに来た。私はしばしば、以前訪ねた場所を再訪して思い出に浸る事多し。思い出好きにも我ながら呆れるばかりである。
f:id:noaema1963:20200904205429j:image

2度目の後楽園。八つ橋。
f:id:noaema1963:20200904205402j:image

立派な松の木も多い。池田の殿様たちはなかなかの風流人だったのだろう。後楽園は熊本の水前寺成趣園より立派だが、金沢の兼六園よりは平板な感じがする。
f:id:noaema1963:20200904205433j:image

岡山から尾道に向かい、駅近くのホテルで宿泊。翌日、迷路のような小道が続く尾道の山際を散策した。水道の向こうの島からは造船所の「ガンガンガン」という賑やかな金属音が響き渡る。港町ならではの朝である。

小学校では教育研修会みたいなのをやっていて、あちこちからやってきた教師たちが次々に学校の中に入っていく。高台からそうした景色をぼんやり見ていて、「働く人たちの姿ってかっこいいな」とつい思ってしまった。自分には珍しい感情。旅を通して浄化された部分があったのかもしれない。
f:id:noaema1963:20200904205352j:image

尾道のアーケード街を歩いていたら、30年ほど前、妻と入った喫茶店がまだ残っていた。マスク姿の目の綺麗なウエイトレスがいたので、ついつい俳句を作る。

 

冬の街眉美しき娘おり

 

尾道は俳句を作りたくなる町なのである。そして俳句を作ると、心はさらに浄化された感じがするのだ。