どうも、旅するおやじ旅生です。
またまた新選組の話です。
前回は池田屋事件のことを書きましたが、どうしたわけか襲撃された志士たちのことを詳しく紹介してしまいました。
今回はきちんと新選組隊員のことを書きたいと思います。
やはり新選組といえば鬼の副長土方歳三でしょう。司馬遼太郎も「燃えよ剣」で土方のこと小説にしています。ただ旅生、どうしたわけか、この作品や「龍馬がゆく」など司馬遼太郎の「勇まし系」はどうも苦手。本宮ひろしの漫画を読んでいる感じがして。「オイラとは縁のない話だ」とおもむろに本を閉じてしまうのです。だから両作品とも真ん中までも読んでいません。「もういいや」と思ってしまって。
どちらかと言うと「翔ぶが如く」「城郭」「国盗り物語」のように史実を積み重ねた「淡々系」が好きです。じわじわと滲み出る人間性やドラマから自分なりの歴史観を組み立てられます。
ご存知のように土方は「多摩の百姓」の出身です。ただ実家はかなりの豪農で秘伝の薬「石田散薬」の行商もしたり、江戸の呉服屋に奉公に出たりもしています(この辺りははっきりしないようです)。
大河ドラマ「青天を衝け」で人気急上昇中の渋沢栄一と似ています。渋沢は上州(群馬県)に隣接する武州血洗島の豪農出身。実際、6月27日に放映された回では、土方が不逞浪士から渋沢の身を守ります。そしてお互いが「武州の百姓」だったことを知り、友情で結ばれると言うシーンが出てきました。まぁ、そんな感動的なこと、現実には起きなかったと思いますが。
土方はやがて周りの勧めで天然理心流に入門。そこで近藤勇に出会い、その後、近藤の道場試衛館で沖田総司、山南敬助ら新選組草創期のメンバーと出会うのです。
ちなみに2004年に放映された三谷幸喜脚本の大河ドラマ「新選組!」は、退屈になりがちなこのあたりの場面、いい感じで描いていました。実によくできた大河ドラマでした。土方は山本耕史、近藤が香取慎吾、沖田が藤原竜也、山南が堺雅人、斎藤一がオダギリジョー。みんなすごく格好よかった。芹沢鴨の佐藤浩一、新見錦の相島一之あたりもたまりませんでした。その後の出演者の活躍を見ると、このドラマは縁起のいい作品だったに違いありません。
ちなみに1977年(旅生14歳)に放映されたTBSのドラマ「新選組始末記」も印象に残っています。近藤は平幹二朗、土方は古谷一行、沖田は草刈正雄、山南は高橋長英、永倉新八は夏八木勲、芹沢は高松英郎。これもいい俳優ばかりでした。
当時、金田一耕助役でも活躍していた古谷は、冷酷だが男の色気のある土方を見事に演じたし、山南役の高橋は暴力的な組織に組み込まれたインテリの悲哀が滲み出ていました。「俺ってもしかして文弱の徒?」と思い始めていた思春期の旅生は、密かに山南に傾倒していたような気がします。ただ堺雅人の山南は才気が表に出過ぎていました。
沖田役の草刈正雄が血を吐きながら「畳の上では死ねない」は言うセリフは、よく友人と真似していました。う〜ん、懐かしい。
と言うわけで77年の「始末記」以来、ずっと新選組のファンでした。
ただ上にも書いた通り、どちらかと言うと山南や、逆に芹沢とかに興味が行ってしまいがちで、土方は「かっこええな〜」とは思いますが、のめり込みはしないという土方との関係性なのです。でも確かにいい男ではありますね。さぞやモテたことでしょう。
77年版でも04年版でも、土方は主役とまでも言わないがかなりの部分で舞台回し役を担っています。それゆえ今でも山本耕史がテレビに出ると「あ、土方だ」と思ってしまいます。さすがに古谷一行を見てもそう思わなくなりましたが。
土方は、芹沢、山南、伊東甲子太郎、藤堂平助、河合耆三郎、武田観柳斎らを規律違反などを理由に、切腹や斬殺に追い込みます。あまりに残忍な血で血を洗う粛清に、新選組に屯所を提供していた伊東四郎演じる八木源之丞が「あんさんたち、ええ加減にしときやす」(04年版、大河ドラマ)と呟くシーンが印象的でした。考えてみるとあのドラマ、DVDを何回も借りて見たので、細かなセリフまで覚えてしまっています。
鳥羽伏見の戦いで敗れた土方は態勢を立て直すべく江戸、甲州、会津、箱館と転戦。隊員らは戦いで死んだり逃走したりで、どんどん少なくなっていきます。箱館で榎本武揚らと一緒に新政府軍と戦うも、明治2年に戦死します。享年35。
前にも書きましたが、2年半前の1月、妻と青森・函館を旅しました。
その時に雪に埋もれた五稜郭も訪ねました。隣の展望台には土方の像がありました。