一人旅おやじがゆく

旅することが人生の最大の喜びである旅好きが、各地で見たもの感じたことを淡々と記します。

早期退職します

どうも。旅するおやじ旅吉です。

今日、早期退職することが会社での話し合いの末、決定した。

と言ってもあと1年いれば定年退職だったのだが、あえて1年の早期退職を選んだ。

上司や人事の担当役員から「定年までたった1年なんだから、思い直したら」と慰留された。当然そうなるだろう。自分が上司でも当然そう言うと思う。それでも退職を選んだ旅吉。もはや狂気の沙汰と言えなくもない。

振り返れば、直属の上司に最初に早期退職を告げてから今日まで、実に1ヶ月半が過ぎていた。その間、慰留が続き、面談を繰り返した。「離婚は結婚以上のエネルギーが必要」と聞いていた。たとえは悪いが、この言葉を思い出した。

そもそもなんで早期退職を思い立ったのか、もはや思い出すことができない。あまりに時間が経ち過ぎて、あまりにイメージトレーニングをやり過ぎて、何が何だか分からなくなってしまった。「早期退職するのが夢だった」と言えなくもない。もちろん上司には言わなかったが。

驚かれると思うが、大学を卒業して今の会社に就職して半年後、「この仕事、自分にあってない。やめよう」と思ったのが始まりだったような気がする。以来35年あまり。「やめるべきか、頑張り続けるべきか」迷いながら仕事をしてきた気がする。いや「気がする」のではなく現実その通りだった。

今となっては自分の気質が今の仕事にあっていたのかどうか、分からない。少なくとも「退社すべきかどうか」迷っている人間には、どんな仕事もあっていないだろう。

だから相当苦しんだ。実際、苦しむべき事柄が多かった。そういう時代でもあった。今更何がどうだったのか具体的には記さないが、苦しい仕事→休暇は精一杯楽しむ→苦しい仕事、をずっと繰り返してきた。

そしてどうなったか。ひどい顔になった。

昨日最終回だった「鎌倉殿の13人」で、仏師の運慶が久しぶりに会った北条義時の顔について「あまりにひどい時は何も言わないことにしている。気の毒でな」と言う場面がある。

人の顔は本当に人生を反映する。「男は自分の顔に責任を持て」と言われるが、実にその通りだと思う。

わずか1年を残して早期退職を選んだ真の理由の一つに「ゴールが見えたのだから、もういい。それより舞台を変えて、この顔をどうにかしようよ」というのがある。明確に言えば「幸せで穏やかな顔になりたい」。

もちろんこうした行動も「経済的にどうにかなりそう」という見極めがついたからではある。そのあたりについては恵まれた環境にあるとつくづく思う。

というわけで来春には1年早い退職をする。

このブログを読まれている方々の中には、「ん? キャンピングカーであちこち回りたいから早期退職したのでは?」と思われる向きも多いかもしれない。

正直いうとそれもちょっとある。

でもこの1年間、キャンピングカーであちこち行ってみて感じたのは、「YouTuberじゃないんだから、そう長々と旅を続けられるもんじゃない。モチベーションも金銭も」。何しろ体力気力がかなり必要になる。

旅吉が勤めている会社は、定年退職者の9割が65歳までの再雇用を選ぶ。旅吉の場合は残り1割にも入らない特殊な存在なのである。そんな特異な状況を選んだ自分を、実は多少誇りに思っている部分もある。今のところはね。

退職後やろうと思っていることはいくつもある。もちろんキャンピングカーの旅はその上位に入っている。

そのあたりについてはこれから随時報告していくつもりです。

これからの旅吉に期待してください。

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