一人旅おやじがゆく

旅が最大の喜びである初老おやじの備忘録

阿蘇はもっとすごかった

旅吉です。

車中泊で朝目覚めたら、大分県西部は雨だった。くじゅう登山を諦め、熊本市内へ帰路についたところ、阿蘇はまあまあの天気。それならばとミヤマキリシマの名所である阿蘇五岳の一つ烏帽子岳に向かう。

いやぁ素晴らしかった。見応え十分でした。阿蘇は草原と溶岩のイメージが強く、森林好きの旅吉としては正直あまり興味がなかったけど、今日、考えを改めた。灯台下暗しだ。

当然登山客が多く、道の譲り合いが大変だった。草千里の駐車場から頂上まで往復2時間。昨日のくじゅう連山に比べると軽い行程だったが、満足度は極めて高し。

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登山道を覆うように咲き乱れている。
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あまりに綺麗なので、登山客はみな写真撮影に余念がない。スマホの存在がありがたい。
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頂上付近はガスガスだったが、時折雲が切れて、中岳火口あたりが姿を表す。
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快晴より曇りがちな日の方が、日の光が少し弱めの方がより綺麗に見えるのではないかな。晴れた日の夕方あたりは最高かも。

草千里から見た烏帽子岳。草千里に足を踏み入れたのは中学生以来ではないか。いつも通過するだけだったもんなあ。
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ミヤマキリシマがいい感じに咲いていた

旅吉です。

ミヤマキリシマ見るにはまだ早いかな、と思いながらも久々にくじゅう連山に登り、1700m級のピークを三つ制覇。中腹には思いのほか咲いていて大満足。

福岡や大分の人たちには裏口になる赤川温泉登山口から登った。熊本からは表口なんだけど‥。結構な急登で8号目あたりから岩や木をつかみながら登る。ロープ設置も割と多い。

ミヤマキリシマは1500mあたりがきれいだった。ホントはくじゅう連山の北エリアにある平治岳や大船山が有名なんだけど、南エリアもなかなかのもんだった。

制覇したピークは、久住山、天狗ケ城、中岳。中岳は九州本土で最高峰で、くじゅう連山の真ん中にある。なので連山がほぼすべて見渡せ、最高だった。

あすも登るかどうか迷いながら、山麓の道の駅で車中泊してる。今日はかなり歩いたので膝やつま先が少し痛い。行くとしたら平治岳か沸蓋山か。体調次第だな。

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ONE PIECE 熊本復興プロジェクトの10年展

旅吉です。

最近漫画はほとんど読まないのだが、ONE PIECEには何となく興味がある。なにしろ作者である尾田栄一郎さんの実家は、旅吉の家のすぐ近く。もしかしたら知らずにすれ違ったことがあるかもしれない。

タイトルに書いた展覧会が熊本県立美術館で開かれている。熊本地震から10年。この間、尾田さんは熊本の復興にエールを送り続けてくれた。被災地の各所にはONE PIECEのキャラクターの像が設置され、いつも観光客でにぎわっている。

その10年間を振り返る展覧会なのだ。つい先日「入場者が1万人突破」と新聞記事に出ていたのを見て、旅吉も出かけた。

10年前を思い起こしました。最大震度7の前震と本震、延々と続く余震の日々、復興作業の旗をつけたトラック、被災した建物の撤去…。空き地が増えてやたらと空が広かったのを覚えている。そんな10年間の復興の一コマ一コマが映像にもつづられていて、見ていてちょっと泣きそうになった。

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来館者がメッセージを書き込めるコーナーも。その中には尾田さん本人の書き込みも。スタッフの男性が「写真撮っても大丈夫ですよ」と教えてくれた。
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入場無料だけど、ネットでの予約が必要。あまり混んでないないみたいなので、ぜひとも見てほしい。特にONE PIECEファンにはおすすめ。

九州脊梁山地の新緑

旅吉です。

熊本と宮崎の県境に連なる九州脊梁山地の新緑を満喫してきた。

この日の目的地は京丈山。さすがに1400メートルを越すと新緑にはまだ早い。

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山頂からは熊本市方面が見渡せる。写りこんではいないが、台湾の半導体大手TSMCの工場が阿蘇の麓あたりによく見えた。今やTSMCの工場は熊本のシンボル的景観になりつつある。
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頂上近くには、花崗岩が点在する展望所も。
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登山道沿いには、カタクリの花を見かけた。野の花にはまるで疎い旅吉。ほかの登山客が写真撮影していたので、ついつい一緒になって撮影してしまう。小さくて可憐な花だった。
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標高1200メートルより上の方には、バイケイソウが青々と密集していた。毒があるらしく、北東アジアの亜高山帯に生息するとか。毒を持っているのが納得できる、強くて不思議な存在感を感じる。そう思って見るからだろうか。
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旅吉は草花よりも樹木に興味が行ってしまう。ブナの幹がすがすがしく青空にそびえていた。
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新緑が美しいのは、標高700~1000メートルあたりだった。
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九州脊梁にはつり橋が多い。観光客に人気の梅の木轟公園の吊り橋。高所恐怖症が顕在化してきた旅吉には、とても渡れそうにない。
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なだれ落ちてきそうな新緑だ。九州脊梁は紅葉より新緑の方が美しいような気がする。山深いとはいえ、やはり南国なのだ。
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九州脊梁に抱かれた山里(背骨にあたる県境より熊本側)の数々は、まとめて五家荘と呼ばれている。平家の落人伝説が色濃く伝承されている。京丈山から下山後、あたりを久しぶりにドライブしてみたが、人の数がさらに減っていたようだ。

海鮮丼を食べに大分の佐伯市に行った

旅吉です。

実に久々の更新である。別に病気をしていたとか、そんなわけではない。正直、以前ほどのブログへの情熱がないというだけだ。

先日、妻と犬を連れて大分県の佐伯市へ車中泊の旅に出た。1泊2日だけど。最大の目的は海鮮丼。豊後水道に面して塩湯という食堂と温泉が一体になった施設があり、そこの海鮮丼がとにかく豪華で安いという情報を得た。

情報の出どころはYouTubeの「わたりどりとんだ」。キャンピングカーで全国を旅する佐伯市の40代半ばの夫婦が運営するチャンネルで、二人の人柄が温かいせいか最近は登録者を着実に増やしている。

朝9時半に現地に到着。開店は11時なのだが、人気のお店なのでとにかく早く行って受付を済ませておく必要あり。ちなみに旅吉夫婦は2番目だった。

開店までの間、旅吉たちは海をながめながら車の中で二度寝をしたり、スマホでゲームをしたり。

そして11時。入店し、さっそく人気の海鮮丼(1300円ほど)とあら炊き(500円ほど)を注文。いやーすごかった。下の写真を見てもらうとわかるけど。ちなみに写真がないけど、あら炊きもとんでもない量だった。

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アジやカツオ、ブリなどがあふれかえっている。もしかして「器が小さいのでは?」と思われるかもしれないが、そんなことはない。どちらかというと大きめの器に、ご飯もたっぷり入っている。おすすめです。ちなみに場所は以下の通り。

塩湯に行ったのは旅の2日目で、初日は佐伯市の南側にある元越山に登った。標高580メートルほどの里山だけど、360度の景色を楽しめて最高だ。明治の半ば、佐伯市に一年足らず赴任していた国木田独歩も登っていたらしい。明治時代も趣味の登山ってやってたんだね。

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2日目に海鮮丼を食べた後の帰り道、豊後大野市にある普光寺に立ち寄った。磨崖仏が見事だった。大分県といえば磨崖仏だな、やはり。
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「ばけばけ」の舞台が熊本に移った

旅吉です。

NHKの朝ドラ「ばけばけ」では今週から、旅吉が住む熊本に舞台が移った。ヘブン先生が第五高等中学校の英語・ラテン語の教師として赴任したのだ。

時は明治20年代半ば。旅吉の祖父が生まれる10年ほど前である。ちなみに祖父は明治34年、昭和天皇と同じ年に生まれている。明治は実に遠くなった。旅吉が子供の頃、文久や慶応など幕末生まれのお年寄りがまだ存命だと時折耳にしたが、今や明治生まれでさえゼロなのだ。

話が早々に飛んでしまった。

ヘブン先生は松江が大好きだったけど、熊本はお気に召さず、何かと不満をため込んでいる様子が連日放映されている。「熊本では日本らしい歴史や文化を感じることができない」というのが理由らしい。

妻のトキもその両親も熊本での暮らしがしっくり来ないようで、熊本の人間としては複雑な思いで毎日見ている。

下の鼻が欠けた石仏は、ヘブン先生こと小泉八雲が気に入っていたらしく、旧制五高(現熊本大学)の裏手の小峰墓地に今も残っている。たぶん、朝ドラにも出てくるのではなかろうか。

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確かに当時の熊本にはヘブン先生の興味をひくものが少なかったかもしれない。十数年前には西南戦争で熊本城の天守閣をはじめ、城下町のほとんどが消失。第六師団が置かれ、熊本は九州を代表する軍都であり、松江のようにゆったりと雅な空気はなかったのだろう。

ちなみに夏目漱石もヘブン先生が熊本を去って数年後に、同じく旧制五高の英語教師として赴任したが、やはり熊本という土地に愛着を感じないまま、ロンドンに留学へ行ってしまった感じがする。

下の写真はドラマにも出てきた、旧制五高の校舎(国重文)。
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五高記念館として開放されている。入場無料。ちょうどヘブン先生の企画展もやっていた。下の写真で、横向きで写っているのがヘブン先生。その右側の白髭の人は幕末、会津藩の公用方として活躍した秋月悌次郎。その高潔な人格と教養にヘブン先生もほれ込んでいたらしい。五高記念館に展示された写真を撮影してきました。
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五高時代の教室の様子も再現されている。
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この廊下をヘブン先生も漱石先生も歩いた、と思うと実に感慨深い。五高記念館に来るといつも「ここが熊本で最も素晴らしい場所なのではないか」と小さく感動してしまう。
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記念館のあちこちに「ばけばけ」のパネルがあった。
f:id:noaema1963:20260219220355j:image観光客の姿もほとんどない。でも訪れて損はないスポットだ。展示品や説明版を見ていると「え、こんな人も五高に通ってたんだ」と驚くこと間違いなし。

寒波で伊勢の空気がさらに引き締まる

旅吉です。

伊勢神宮にお詣りした日から、最強寒波が日本を覆った。三重県もキリキリとした北風が吹き荒び、気温は3℃ほどまでしか上がらず。そのおかげで、境内の空気はより引き締まっていた。

朝一番に外宮から訪ねた。

古事記日本書紀によると、皇祖であるアマテラスはもともと大和にある大王の宮に祀られていたが、崇神天皇の時代、病気の蔓延などが続いたことから、三輪山大物主神の言葉に従い、祈りの場を別に探して伊勢の地を選んだ。

ある研究者は西暦300年頃の事と推測している。もちろん神話に出てくる崇神天皇が実在した場合だけど。実はこの人が初代天皇だったのでは、という話もよく聞く。

伊勢神宮って神社の中でも最も原始の形に近いのではないかな、と思う。20年に一回、式年遷宮を行うわけだが、そのたびに建物の形(神明造というらしい)や遷宮の運営方法を変えてきたとは思えない。「古代の祈りの場の様子」が見事にパッキングされているはずなのだ。ちなみに神職の最高位である祭主は、黒田清子さん(現天皇の妹、さーや)。

参拝客は相変わらず多かった。インバウンドももちろん目立ったが、やはり日本人の数が多いようだった。ちょうど衆院選告示の頃だったので、内宮の拝殿では高級そうなスーツに身を包んだ政治家やその秘書と思われる方々が、次々に恭しくお参りしていた。

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伊勢神宮は内宮、外宮がまず有名。アマテラスを祀っているのは内宮で、衣食住の守り神である豊受大御神を祀るのが外宮。この2社を中心に別宮、摂社など計125の社宮があり、総称して伊勢神宮と呼ばれている。ちなみに正式名称は「神宮」。簡素でいかにも神道のトップという匂い。下の写真は外宮の境内にある別宮の多賀宮
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外宮から内宮に向かう途中、参道にある赤福に立ち寄った。伊勢と言えば赤福だ。火鉢のある畳の部屋で食べた。目の前には五十鈴川が流れている。いすゞ自動車はこの川の名から命名されたらしい。
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次の式年遷宮2033年。そろそろ準備が始まっている。いま建っている拝殿・本殿などは解体され、すぐ横にある敷地に新たに建設される。ちなみに材木は木曽から持ち込まれる。
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内宮への入り口である宇治橋
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五十鈴川にはお賽銭がたくさん沈んでいた。日本人って必ずこれやるよね。
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内宮のすぐ近くにある猿田彦神社猿田彦天孫降臨の際にニニギノミコトを高千穂の峰まで道案内した神。なので「みちひらきの神」として知られている。
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どこの神社だったか忘れたけど、榊が清々しかった。

この日は3万歩ほど歩いた。とにかく寒くて、耳たぶがじんじんと痛んだ。でも寒い時は寒いがいい。旅吉としては年中冬でもいいくらい。夏はいかん。ぼーっとなるし、暑すぎて全く行動ができなくなる。
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奥伊勢(伊勢から熊野に向かうあたり)にある内宮の別宮、瀧原宮にも行ってみた。早朝に参拝。樹木が大変に立派で、思わず幹に触れ、パワーをもらいたくなる。人の姿があまりなく、伊勢の澄み切った空気を存分に味わうことができる。ここはお薦めです。

参道入り口は熊野古道と交差していた。せっかくなので熊野古道を1キロほど歩いてみた。石畳など昔の古道を思わせる箇所はなかったのけど、思い出にはなった。いつか数十キロレベルで熊野古道を歩いてみたいもんだ。クマが怖いけどね。
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