一人旅おやじがゆく

旅することが人生の最大の喜びである旅好きが、各地で見たもの感じたことを淡々と記します。

短く、高く、変化に富んだ旅

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あべのハルカスの最上階から見る通天閣方面


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阪九フェリーの中


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歩いて通れる関門トンネル


前回の津軽海峡の旅、自分で読んでみて旅の計画を練るのは天才的だなと自画自賛している。

もともと計画たてたり、目標たてたりすることが好きだ。ほとんど趣味の世界と言っていいかもしれない。仕事で閉塞感を感じた時、なんとなくうまくいかない時、私は新たな目標というか、シナリオを練り直す。それはいつも完璧だと思う。ただ問題なのは「三日坊主」ということ。目標は素晴らしいのだが、どうにかすると翌日にはその目標を忘れていることがある。

ただ旅に関しては別だ。計画をたてるのも上手だし、それを消化していくのも大好きである。前にも書いたが、大学時代に「旅の会」というサークルに入っていた時、多くの同級生が時刻表を読み解いて旅の日程を組み立てることができないでいるのに驚いた。彼らは今ごろ何をしているのだろうか。おそらくは輝かしい社会人生活を送っていることだろう。みなさん頑張ってください。私は半分降りてます。

津軽海峡の旅から4カ月後、変化に富みまくった1泊2日の一人旅をした。自慢を兼ねて紹介したい。

ルートはこうだ。熊本から新幹線で新大阪→在来線で法隆寺→在来線であべのハルカス→地下鉄や阪神電鉄などで六甲アイランド→フェリー(泊)で新門司→バスと在来線で下関→徒歩とバスで壇の浦→徒歩で関門トンネルを通り門司→門司港から在来線と新幹線で熊本

いかがだろうか。われながら何の無駄もない日程だと思う。

この短い旅であらためて知ったのは自分の高所恐怖症がかなり悪化していることだ。

BSで火野正平が自転車で旅する番組をやっている。あの中で火野正平がやたらと高所恐怖症ぶりをアピールしている。高い橋を渡る時などはアピール度は最大値に達し、それが番組の「お約束ごと」になっている。私は当初「わざとらしい。そのくらいでワーワー怖がるはずがないよ」と思っていたが、ある日、高い橋の上を歩いていた私は、「いまこの橋が崩れたら間違いなく死ぬな」と思った途端、腰がへなへなとなった。で、前にも後ろにも進めない感じになり、這うようにして橋を渡りきった。以来、火野正平に親近感を持ち出した。「彼は演技でやっているのではない」と今は思う。恐怖症というのは、ちょっとした心の隙間にふっと何かが入ってくるのが発症の引き金になると、実感させられた。

そんな状況にも関わらず、あべのハルカスに上った。それも最上階。通天閣がずっと下の方にちらっと見えるほどの高さ。この最上階にいる間、「くらっ」とくる一瞬の目まいを延々と繰り返していた。「くらっ」…おおやばい…「くらっ」…いかんまただ、という感じ。うそではない。とても窓辺まで近づいたりできない。1メートル以上離れていないと死にそうだ。しかし私は間違いなく、どこかそんな自分を楽しんでいた。高所恐怖症におののく一人旅の50代おやじ。どこか人間的な深みが増した気持ちさえした。

2日目の下関でも、再び高いところに上った。海峡ゆめタワーあべのハルカスよりずっと低いが、それでもまあまあの高さがあり、関門(下関・門司)一帯を一望できる。ここではそこまで「くらっ」とする感覚が連続しなかった。ちょっと慣れたのかもしれない。景色を見るのはそこそこに、展望所にたくさん飾ってあった紫陽花の花を鑑賞することで気を紛らわせたのも影響したのかもしれない。いったい何のために上ったのだろう。

ところでこれからが本題だが、何でこんな緻密な日程を組んだかというと、瀬戸内海を縦断する長距離フェリーに乗りたかったのと、関門トンネルを歩いて渡りたかったから。それに本格的な価値有る仏像が見たかった。ちなみに関門トンネルは前回も登場したが「72時間ネタ」である。

神戸から新門司まで乗ったのは「阪九フェリー」。13000トンを超す大型船だ。瀬戸内海の長距離フェリーは高校の修学旅行と大学から帰省する時に乗っただけだ。実に30数年ぶり。2等指定Bというシングルルーで1万円しない。数百キロ移動して、宿泊も兼ねるのだから相当割安感がある。

お客さんはお年寄りの団体さんとトラックの運転手がほとんど。大きな風呂もあるし(海水を利用しているようだった)、レストランもある。乗客エリアは3階建のビルほどのスペースがある。あまり気取ったような人たちが乗っていないので、雰囲気もいたって気楽だ。ロビーではコンサートまで開かれていた。フォークギターの演奏者におばあちゃんたちが温かい拍手を送っていた。

ただ思ったよりもフェリーのスピードが遅い。時速20~30キロだろう。ロードバイクほどの速さ。時々スマホの地図で現在位置を調べるが、「随分前に出たというのにまだ明石大橋近く」みたいな感じが続く。夜中何度か目が覚めたが、「まだ岡山沖か」「やっと広島沖だ」などと確認してはまた眠りにつく。朝目が覚めたら宇部の沖だった。反対方向には大分の姫島が見える。そんな位置情報を常にチェックしながら、朝食を食べる。やがて新門司に到着した。

さて、あと一つの目玉である、関門トンネル。下関側のエレベーターで下に降りると、エレベーターホールみたいな所でおじいさんが尺八を吹いていた。ちょうど音響がいいのだろう。

ところで「72時間」では同年配の男性が音楽を聞きながら毎日散歩していた。インタビューに「いつもBZを聞きながら歩いてます」と答えていた。私はエレファントカシマシの大ファンである。その人に習って、エレカシを聞きながら、トンネルを通過した。門司側の出口がどんな所か知らないで外に出たら、和布刈神社の真ん前だった。松本清張の小説の舞台にもなった有名な神社である。

今年は海峡に縁があるな、と門司市街地に向かいながら、そう思った。仏像についてはまた別の機会に。