旅吉です。
能登半島を一周した後、キャンピングカー「プー介」は加賀の城下町金沢に立ち寄り、さらに南へ南へと下っていくのです。
ちなみに前回書き忘れていましたが、今回の旅の北限は能登半島の曽々木海岸を過ぎて珠洲市へと右折するあたり。同緯度の東側を見てみると新潟県の出雲崎。実はこの数日前に越後の折り返し点として訪ねていました。不思議な縁を感じました。
さて、金沢市。確か4回目の訪問なのですが、金沢城の東側にある茶屋街は行ったことがありませんでした。当初は金沢はスルーしようと思ったものの、さすがに「もったいない」と思い直し、訪ねました。いや〜いいですね。人気観光地の格の高さを感じました。欧米系の外国人観光客が多いこと。満開は過ぎていましたが桜に彩られた町並みは、日本人でも大いに感動してしまいました。
「金沢は上品だな〜」と海側を走る国道8号に進むと、ここも他の場所と同じく延々と続く派手な看板群。やはり個人的には残念です。
その後、全国展開する24時間営業のトレーニングジムで軽く汗を流しました。群馬県伊勢崎市、長野県塩尻市、石川県七尾市に続き4カ所目。会員になると全国どこの店舗でも使えるので嬉しい限り。旅にメリハリを与えてくれます。
午後からは白山市にある加賀国一ノ宮の「白山比咩(しらやまひめ)神社」へ。すぐ横を手取川が流れています。「この近くで織田軍と上杉軍がぶつかったんだ」と思いながら、上杉軍の行動範囲の広さに改めて驚かされます。上越を拠点に東は関東、西は加賀。活動的すぎる。
小松空港のすぐ近くの海岸に勧進帳で有名な安宅の関跡。30年ぶりくらいに来ました。近くに航空自衛隊の基地があるので戦闘機の爆音が耳をつんざきます。
白山をバックに爆音をたてて飛び去る戦闘機。雪に覆われた白山がこれほど綺麗に見えるとは想定していませんでした。
日が暮れてから福井県に入り、あわら温泉で入浴。地元の方々で大賑わいで「アウエー」の身としてはあまり落ち着きません。
三国港近くの道の駅で車中泊をした翌日、旅の疲れでしょうか今一つ体調がすぐれなかったので、午前は三国のマクドナルドでブログを書き、午後から越前海岸をひたすら南下。カニで有名な場所ゆえ「海鮮好き」なら大喜びしそうな店がたくさん並んでいます。でも旅吉はカニがちょっと苦手。代わりに越前岬に近い「水仙の里波の華温泉」に入り、ゆっくり体調回復させてもらいました。
このルートは主要幹線ではない3桁の国道を走るので、敦賀市に至るまで結構時間を要しました。とは言え表情豊かな越前海岸。途中の道の駅では「海鮮丼を4人とも食べたらいくらになるか」と真剣に計算している家族連れもいてなかなか印象的でした。
越前海岸の終点が敦賀市。福井県北部との間に大きな山塊があるため、福井市やあわら温泉、三国港があるあたりを「嶺北」、敦賀市などを「嶺南」と呼ぶみたい。それと「若狭」がありますよね。天気予報を聞いていて「分かりやすいなぁ」と思いました。
ちなみに地域の呼び名として、新潟では西から順番に「上越、中越、下越」、富山は呉羽山を境に「呉東、呉西」、長野県は「北信(長野市など)、東信(上田市など)、南信(諏訪市や伊那市など)、中信(松本市など)」と表現することが多いみたいですね。富山以外は天気予報で必ず出てきました。
敦賀市の金ヶ崎城跡にある金崎宮。朝倉攻めに進んでいた織田軍が逆に朝倉・浅井の挟み撃ちに遭いそうになり、反転して京都へ逃げ帰った場所として有名です。秀吉らが殿(しんがり)を務め、さらに名を挙げるきっかけにもなりました。
敦賀は古代から有名な場所で、日本書紀などにもたびたび顔を出します。「越(こし)の国」の最西端に位置する北国への玄関口として重要な役割を果たしたようです。確か今でも姫路方面とを結ぶJRの新快速が一部、敦賀まで乗り入れていると記憶しています。
なぜか個人的に惹かれてしまい、今回が3度目の訪問でした。
福井県については以前(もう3年前‥)ブログで書いているので、そちらも読んでみてください。