一人旅おやじがゆく

旅することが人生の最大の喜びである旅好きが、各地で見たもの感じたことを淡々と記します。

台湾は観光地づくりが上手

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九扮。向こうには太平洋が見える。


[九份は実は海を望む展望台]

  

九扮に初めて行った。思った以上なにぎわいだった。でもここ数年で作りたてられた観光地なのではないかと感じた。九扮が有名になったのは侯孝賢監督の台湾映画「非情城市」のロケ地になったのが最初と聞く。1990年頃だろう。同じ頃、中国映画の「赤いコーリャン」なども上映され、アジア映画に新たな文芸的味わいを持ち始めた頃だった。それから10年後、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」に登場する街並みが九扮をイメージしたのではないかと話題になった。この作品は「湯屋道後温泉の建物をイメージしている」とか「日奈久の金波楼も参考にしたらしい」などと何かと話題になった映画だった。

九扮は台北から特急列車で40分ほどの町でバスに乗り換え、20分ほど走った山の斜面にあった。九扮を訪ねた経験のある同僚から「だいぶ山の中にある」と聞いていた。半分正しく半分間違っていた。標高300メートルほどの山の斜面ではあるが、「山の中」ではなく、太平洋を目の前に望む展望台のような山の斜面だった。しばしば観光地は、最も印象的な場面のみが雑誌などで紹介されるので、その反対側(撮影した側)がどうなっているのか一般的にはあまり知られていない。例えば、エジプトのピラミッド。周囲はただただ砂漠が広がっていると思いきや、ピラミッドから見える場所(撮影する側)にはケンタッキーなどの店が並んでいるらしい。

九扮を訪ねた時、同じような感覚を覚えた。街並みはもちろん魅力的だが、そればかりが喧伝されており、海を望む「展望の地」であることを現地に行って初めて知った。

夕暮れ時に訪ねたが、若い人々で原宿のようなにぎわいだった。バス停で降りて街中を通る路地を歩くと、両側に延々と雑貨屋、料理屋、茶屋が続く。台湾らしく臭豆腐の匂いもあちこちからぐぐぐっと流れてくる。前から来る人をかわしながらどんどん歩くと、展望台に出た。はるか下の方には海辺と、その北側には基隆らしき街並み。この景色は妙に印象に残っている。自分の中では九扮の記憶の中でもかなり上位に刻まれている。何よりも意外性が大きく影響した。

ガイドブックでよく見る、家々を路地の下から見上げる場所にも行った。確かに千と千尋の世界だ。いるのはほぼ日本人ばかり。長々と続く急斜面の石段の真ん中あたりに小さな広場があり、だれもがスマホで撮影している。確かに提灯が美しく、九扮でしか出会えない景色だ。逆に街並みの上にある学校あたりは台湾人ばかり。非情城市の舞台なのかもしれない。みな石段に座って自分たちの世界に入っている。

街中の商店はここ20年ほどでできたのではないかと思われる店が多かった。時折見られる店の看板の「since」の後の西暦が意外と新しい。日本でいえば「地域おこしでここ最近人気のスポットになった」という感じ。思えば、国内あちこちの神社などがパワースポットとして人気を呼んでいるが、もしかして「言い出しっぺ」は台湾人なのでは、と踏んでいる。台中の「高美湿地」もそうだが、なんというか、「それまで当たり前だった場所に魅力を見出し、発信する」感覚が台湾人は優れているのではないか。観光としては王道ではないだろう。国土が九州と同程度と狭く、自然のバリエーションが少ないうえ、近世以前の歴史的遺産が乏しいだけに、そのあたりの嗅覚が研ぎ澄まされたのかもしれない。やはり観光振興にハングリー精神は大切だ。

前回書いたが、日本統治時代の古い家をリノベして利用する、のもその延長線上にあるような気がする。一度、台湾人向けの日本のガイドブックを見てみたい。インバウンドへの対応策を日本各地でいろいろと知恵をしぼっているが、そのヒントがいっぱい詰まっているような気がする。

 

「高美湿地」。台中の海岸にある観光地だ。

9月18日から3泊4日の旅行だったが、この間、台北はずっと雨か曇りだった。旅行前から天気が悪いのは予想で出ていた。10日ほど前から見始めたが、天気予報が好転する気配はなかった。そこでお天気サイトを見ていて知ったのだが、台中は台湾の中でも大変気候に恵まれた場所であるらしい。台南に至っては熱帯にあり、台北とは全く違う気候条件下にあることも知った。台湾はほぼ九州と同じ面積。ということは台北が小倉とするなら台中が熊本、台南が鹿児島という距離感覚になる。たいした距離ではない。そこに走るのが台湾新幹線だ。おまけに新幹線の3日間乗り放題チケットが海外観光客向けに販売されていることを妻がキャッチ。妻はこういうことに関しては驚くほど目端が利く。

このチケットを使って、2日目に台南、3日目に台中を訪ねた。狙いはばっちりで2日間とも好天に恵まれた。特に台中では台湾の東側を台風が通過した影響で北側の空気を呼び込み、9月の台湾とは思えない快適さだった。風が強くて空気が澄み、景色もひときわ際立った。

午前中、宮原眼科、市役所など日本統治時代の建物を利用した建物などをながめて、午後は高美湿地に向かった。旅行前、ここに行くか行かないかは妻との間で意見が別れた。いい具合に潮が満ちて、天気がいい風のない夕方は、海面が鏡のようになり、その上に設置された木道を歩くことができる、という触れ込みなのだが、私は「そう簡単に条件はそろわない。がっかりするだけでは」と主張。台中駅から距離もあるので難しいのでは、ということになり前日まで棚上げになっていた。しかし妻はどうしても行きたかったようで、台中駅から直通のバスがかなりの便数あることをネットで知った。また好天にも恵まれ、「それなら、第一級の観光地なのか、実際に行って確認しよう」ということになった。

バス停はなかなか分かりにくかったが、どうにか探しだし、しばらく待っていると、2台編成のバスがやってきた。台湾は公共交通機関の料金はキャッシュレスが便利。この便利さに味をしめ、日本でも10月からの消費税アップに伴うポイント還元のために、キャッシュレスにした。

さて高美湿地だが、結果はどちらも勝ちではなく、ちょうど真ん中くらいだった。風が強く、鏡のような水面は見ることはできなかったが、ベタベタとした「潟」海岸ではなく、延々と続く水草の合間を木道が縫う清潔な観光地だった。左手には風力発電の風車がいくつも並び、雲一つない空に太陽が沈んでいく。何より観光客の多さに驚かされた。木道に入るのは時間制限があり、午後4時半、鉄柵が開かれると皆、整然と沖合に延びる往復15分ほどの木道を歩き出した。おそらくほとんどが台湾人だろうが、少しポリネシアっぽい顔つきの人も時折いて、この観光地が台湾中に広く知られた場所なのだと実感した。そうこう考えていると、どちらかというと妻の意見の方が正しかったのかな、と思ってしまった。